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2010年 02月 01日
日本語のWikipediaに書かれている「デュエム=クワイン・テーゼ」の記述がおかしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/デュエム-クワイン・テーゼ まあ、日本語Wikipeidaでは毎度のこと、デフォルトであることなんだけれどね。誰が書いたものだかわからないが「科学や知識は補助仮説によって反証不可能になる」だとか、本来の意味以上の余計なものを書きすぎだ。池田信夫氏がこれを根拠にした、かなり危ういエントリを上梓している。このwikipediaの記述は、おそらく野家啓一氏が「科学の解釈学」で示した先走った見解を読んでそのままwikipediaに引き写したんだと思う。これに対しての批判は、秋田大学の立花希一氏の論考をみてもらえば明らかだと思う。 デェエム=クワイン・テーゼとポパー http://air.lib.akita-u.ac.jp/dspace/handle/10295/879 英語版にはこのような先走った記述はもちろんない。つまり、反証不可能性を「デュエム=クワイン・テーゼ」で否定しているわけではない。 http://en.wikipedia.org/wiki/Duhem–Quine_thesis 日本語Wikipeidaにある、アドホックな補助仮説を利用すれば反証可能性を排除できる云々という話は、"Conventionalist Stratagems"というものであって、Duhem–Quine thesisではない。そしてこの"Conventionalist Stratagems"に対して、科学哲学のメインストリームから、山ほどの批判が提出されている。 Duhem–Quine thesis、とくに元になったDuhemの主張は物理科学的観測結果・実験結果というものは、結果をだすために必要な実験装置、観測装置などの測定や観測に関わる暗黙的仮定が込み込みのものであり、純粋な形で観測結果や実験結果を取り出すことができない、という穏当でもっともな主張だ。一方で、いわゆる「Duhem–Quine thesis」として知られるようになったQuineの主張も、これを物理科学以外の文科系の分野や知的活動全体にも拡張して、「経験主義の二つのドグマ」によって科学全体のホーリズムを主張し、科学というホーリスティックな体系は「個別調整」によって真理を保持しうるというような主張をしてはいるが、この意味は、後年Quine自身が回顧するように、反証可能性の否定ではない。 なぜワザワザこのような重箱の隅をツツクエントリを記したかというと、日本語の文献はあまりにS/N比が小さすぎるので、日本語では科学哲学をやるにはあまりに難しい言語ではないかということを、この「デュエム=クワイン・テーゼ」で示したかったのだ。というか、ここで大風呂敷を拡げてしまうけれど、物理学から化学、計算機科学そして経済学に至るまで、日本語だけで日本固有の学問以外の学問をやるのはかなり困難なんじゃないかと思うのだ。そして、ここからは完全なブルシットだが、僕らはそろそろ学問のグローバリゼーションをする必要があるんじゃないか?日本語という規制からの「規制緩和」だ。デンマークやフィリピンのように、中学を過ぎたら理科系科目は英語のみで授業をするという、グローバルスタンダードに基づいた「規制緩和」が必要なんじゃないか、と思うのだ。このことについては、そのうちそれなりに考えてエントリを起こせたらと思う。 ただ、その中でなぜか数学だけは日本語でもS/N比が大きいような気がするのも事実だ。これはどうしてなんだろうか?
by yutakashino
| 2010-02-01 00:36
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