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2008年 05月 29日
前のエントリで、Twitterは共通知識醸成プラットフォームとして非常に優れているということを述べ、それはクリエイティビティには結びつきにくいという信念を表明したのだが、共通知識の獲得は別の側面があるということが今回のエントリのテーマだ。
もう一度共通知識について。共通知識を持っている状態とは、集団を二人に限定すると、「私が知っている○○を、あなたが知っていることを、私は知っている」という状態である。 この共通知識がカスケード的な事象の変化を及ぼすということを、僕の好きなIan Stewartの"Math Hysteria"に出てくる状況を例にとって、簡単な数学パズルで紹介する。 今僧房に2人の僧侶がいるとする。僧侶は修行中の身のために、言葉を発したり、他人と明示的なコミュニケーションをとることを禁じられている。この2人の僧侶の額にはどちらも非常に恥ずかしい悪戯書きがしてあり、もしも自分にそのような悪戯書きがしてあったら恥ずかしくて顔が真っ赤になるようなものとする。一人の僧侶は別の僧侶の額を見ることができるが、自分の額は見ることができない。いま、僧房を掃除にきた小坊主が次の言葉を発する:「この中で少なくとも一人の額に恥ずかしい悪戯書きがしてあるよ。」。このときに僧侶の間にどのような推論が行われるかを追ってみる。一人の僧侶は次のように考える:
ここで「この中で少なくとも一人の額に恥ずかしい悪戯書きがしてあるよ。」という知識がきっかけになり、「私に恥ずかしい悪戯書きがあること私自身が知っていることを、あなたが知っていることを、私は知っている」という共通知識を獲得するのだ。この共通知識の獲得により、二人は同時に恥ずかしさで赤くなる。 この推論過程は三人でも状況は同じだ。
この調子で行くと、1000人の僧侶でも同じである。推論の階段をたどってあるとき一斉に1000人が、「私に恥ずかしい悪戯書きがあること私自身が知っていることを、あなたが知っていることを、私は知っている」という共通知識を獲得し、カスケード現象的に1000人が同時に赤くなるのだ。まあ、もちろん現実は、人ごとに推論能力の差異があり、推論能力が足りない人はいつまでも恥ずかしくならないので、全員同時にというわけにはいかないと思うけれど。 この共通知識とカスケード現象を取り扱っている例として、"Here Comes Everybody"には、東ドイツの崩壊が取り上げられている。それによると、東ドイツの政権末期において毎週月曜日に食糧配給制限に抗議するデモが自然発生的に開かれるようになっていたそうだ。最初はあまりに小規模だったので、当局から弾圧する必要はなしと放置されていた。すると、デモの参加者とそれを傍観していた市民達の間に、「彼らが弾圧されないと私が知っていることを、彼らは知っていることを、私は知っている」という共通知識が週を経る度に醸成され、あるときカスケード的に数十万人に達するデモに成長したのだ。そして、そのときは、集団規模が大きすぎてデモを弾圧することなどできなくなってしまったのだ。つまり、共通知識獲得によるカスケード現象が東欧の民主化を生み出した大きな原因の一つなのだ。 実は、共通知識の役割はこういった民主化を促すツールだけにとどまらない。社会の安定のために欠かせない、Social Capital(社会関係資本)のもっとも基礎となるものでもあるのだ。それについては、またいずれ。
by yutakashino
| 2008-05-29 16:41
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