終わりが全てを印象づけ、終わりの印象だけが 人間の記憶に残りがちだ。
これもダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」に書いてあること(35章)だが、人間の自己認知には、経験する自己と記憶する自己という2つの自己があるそうだ。その自己の違いをカーネマンらは実験によって明らかにした。苦痛を伴う麻酔を使わない大腸内視鏡検査において、検査時間の大きい小さいと、最大の痛さの強度と、検査終了時の苦痛の強度について、検査時に記録を取り、そして検査終了後日数が経ってからの検査の印象を調査したそうだ。
それによると、記憶に基づく印象というのは、最大の痛さと検査終了時の痛さの平均値できまり、検査時間の長さは記憶された印象にほとんど影響を及ばさないそうだ。経験する自己と記憶する自己は違うのだ。つまり、あるプロセスにおいてそのプロセスが続くあいだは苦痛をできるだけ抑え、最後の印象を良くすれば、そのプロセスに対する良い印象が記憶に残るそうだ。
僕も別の文脈でこれに近い経験をした。終わりの印象がよくないと信頼がズタズタになる。
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この文章も特定の個人に対して糾弾する意図は全く無く、過去のイベントに対する自分なりのメモをとることと、自分の気持ちの整理のために書いている。しかし、論理的に頭で整理がつくことと、自然と沸き上がってくる感情は全く別なものであり、ただ割り切れない悲しい思いで一杯になるだけだ。
なるほど、カーネマンが発見したとおり、人間の記憶は終わりがほとんど全てを決定するようだ。